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正法眼蔵随聞記に習う「教えをきくときの3つの心得」

[caption id="attachment_1737" align="aligncenter" width="498"]正法眼蔵随聞記に習う「教えをきくときの3つの心得」 …さぶ…[/caption]

【概要】「今生初めての御縁」「私一人の為の御縁」「今生最後の御縁」これを意識すれば「話を聞いているとき眠ることもない」と青山俊董先生に講演中喝を入れられました。

あわてて休憩時間コーヒーを買いに走るというね。 あらためまして、青山俊董さんのお話を聞いてまいりました。 「正法眼蔵随聞記」から抜粋してお話いただき、今回ご紹介するのは「教えをきくときの心得」というものです。

正法眼蔵随聞記というのは、道元禅師の言葉をお弟子さんがまとめたもので、キリストさんでいう聖書、道元禅師でいう随聞記なんかな?という感じでお話を聞いておりました。 道元禅師の伝えた「教えをきくときの心得」というのは3つです。

■ 正法眼蔵随聞記に習う「教えをきくときの心得」

【引用】
  • 一、今生初めての御縁
  • 二、私一人の為の御縁
  • 三、今生最後の御縁
【出典】話:青山俊董

この心得の中に流れているのは「一期一会」の思想でしょうか。 確かに、この三つを心得て人の話を聞けば、身もしゃんとしそうです。

■ 教えをきくときの心得1「今生初めての御縁」

「あぁ、この話か」

ついつい本を読んでいてそんなことを思ったりします。 あぁ知ってる知ってる…と。

同じジャンルの本をイナズマのように読んでいたら当然そんなことばっかりです。 でも、ここで「あぁ…」とやってしまうともったいないことをしているのでしょうね、僕は。 だいたいからして何回も同じ話に出合うというのは、きっと僕が判っているけどできていないことなんです。

高瀬「耳にたこができる!!」 なんて嫁さんに怒ったりしますけど、 嫁様「同じことで何度も注意される方が悪い!」 …えぇ、えぇ、嫁と僕であればいつでも僕が悪いですよっ…。

どっかどっかで判っているんでしょうね、できていないことに。 本を選ぶのは自分。その本を求めるのは、そこに書かれていることが自分に必要だと思うからです。 そしてやっぱり僕にとって必要なことが書かれているんですね。 「何回いってもできてないよ」ってことが。

さらに、

【引用】大事なことはみみなりがするほど聞くのがよろしい 話:青山俊董

違う人が、違う切り口で同じことを自分に伝えてくる。その「同じこと」というのが真理なのかもしれません。 人、場所、時を選ばない教えこそ真理ですもんね。 初めて聞く思いで、毎回の教えを聞く。謙虚で大切なことだと思います。

■ 教えをきくときの心得2「私一人の為の御縁」

嫁がね、ミスチルのコンサートを友だちと横浜に聞きに行ったのです。

【引用】「桜井さんが私にウィンクしてくれたの♪」 話:高瀬の嫁

桜井さんはこっちの「方」を向いてウィンクをしたんですよね。事実、嫁の友だちも、

「いぃや、私にウィンクしてた!」

と言い争いになったそうです。さらに周りで一緒に観ていた女性のファンから黄色い悲鳴が上がり、その中でクラクラァっと倒れそうになってる人もいたとか。 それを見ながら嫁は、「私にしてくれたのに。かわいそうな人…」と思って見ていたとか見ていなかったとか。

「自分の為にしてくれている」

と思うと濃度が変わってくるようです。

教えも同じかもしれません。 何か講演を受けているとき、本を読んでいるとき、「私の一人のために話してくれている」と思いながら聞く。 一対一で話しているように聞く。

「私一人の為の御縁」…

よくよく考えてみると、その場その時その人から話を聞けているのは奇跡的な縁があってのことです。あなたのためだけに用意された、あなたのストーリーがあって、その話を聞く御縁をいただいている。 勧めてくれた人に出会わなければ、違う職場に勤めていたら、違う高校に通っていたら、自分が一学年違った日に生まれていたら、父と母が出逢ってなければ…。 そこに介している者が何人もいてくれて、「私一人の為の御縁」があって教えを聞けている。 そのことを忘れないようにしたいです。

■ 教えをきくときの心得3「今生最後の御縁」

舞妓さん、芸妓さんの世界の話を聞きました。 舞の稽古でお師匠さんが直接教えてくれるのは、たった一度だけだそうです。 二度目はない。

どうしてもわからないところは床に頭をたたきつけてお詫びしてお願いする…それでもなかなか教えてはくれないとか。 そんなことだから、もうみんな必死んなって覚えるそうです。

【引用】思えば人生はすべて一度きり、やりなおしはできない。つねに本番。またという機会はない。その命の、時のきびしさを踏まえての指導が、師匠から教えていただける機会は一度だけというあり方になったのであろう。事実「おぼえなかったらまた聞けばよい」という安易さが、緊張感をゆるめ上達をはばむ。 【出典】海竜社『一度きりの人生だから』P21-22 著:青山俊董

本に線を入れながら読んでいるのです。 でも、これも善し悪しだな、と。大事なところに線をひくと安心してしまうことがあるんですね。

「よし、これでいつでもこの部分を探せる」

身にならない。 友だちで絶対本には線を引かない、という子がいるのですが、何も売るためではありません(口ではそう言っています)。

「一回で落としこむつもりで読まないと、何回読んだって身にならへんやん」

すごいなと思います(半分は売るためやろ、と内心思っています)。

教えを聞くとき、「また聞けばいい」「また読めばいい」のこの「また」が緊張感をそいでしまうことがあるようです。 だから「今生最後の御縁」、それを意識して教えを聞くのが大切なのかもしれません。 どんなに他人でも、その人の今話していることが「遺言」であれば、聞かない人はいないのではないでしょうか。

常に一期一会。 相手に会えるのは最期かもしれない。

  • 一、今生初めての御縁
  • 二、私一人の為の御縁
  • 三、今生最後の御縁

この三つの心得を意識して、これからも学んでいきたいと思います。

あなたに読んでもらえた御縁に感謝しつつ… 長い文章最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。