アイデアホイホイ〜3分のヒマつぶし

入れて出す、3分間・・・アイデアを、だよ?

子育て「あきらめ論」

【概要】子育てには、あきらめが必要です。
「ごめんね、ママのプリン食べたからって怒り狂って」 「いいよ。じゃぁ、ミルクプリンも食べてイイ?」 「…あなたがどうなってもいいならね…」 子育てあきらめ論 by:Fenanov

■ 教師がすごいんじゃない。生徒がすごい。

聞いた話です。 学校の先生として持っていないといけない考え方、というのがあるそうですね。 陸上の指導をしている先生がぼやいておりました。 「ソフトボール投げ…距離でないなぁ…俺じゃない人に指導してもらったら、もっといい記録が出るだろうに」 その先生に教頭先生がかけた言葉。

「先生、子どもが大会でいい記録出せたら、それは子どもがすごかったんだよ。 その逆も…しかりなんだな」

指導者として自分はダメだ…、そうやって自分を責める先生は、責任感の強い人なんです。 でもその責任感が災いして、ただ自分を責めるだけになり「他の人だったら…」なんて考え出したら、その先生は前に進めません。 また、実は「自分の指導が悪くて子どもの記録が伸びない…自分はダメだ」という考えは、傲慢さの現れだったりします。 裏返したら判る。 「子どもの記録が伸びたのは自分の指導のたまものだ!自分はすごい!!」ってね。 行き過ぎた責任感は、その人の歩みをただむやみに止めるだけ。そしてもし成功したときにも、傲慢さを生んでしまうだけです。

■ 責任感もバランス

まったく責任感が無いのもダメでしょう。 この教頭先生が陸上の先生にこんな話をしたのも、責任感が過ぎて歩けなくなっていたからでしょう。 責任感が無さ過ぎて歩こうとしていない先生に、こんな話はしません。 「子どもが悪いんだからしょうがない」 なんて言っちゃったら、プロとしてどうなんでしょう。 「何か指導法があるはずだ!」と考え、行動にうつせる人は、「自分にも何かできることがあるはずだ」、という気持ちを常に持っている人です。 こういう責任感こそ適度なものといえるのではないでしょうか。 責任感も行き過ぎてはいけない。しかし持たないのはもっといけない。 要はバランスなのですね。

■ 子育て「あきらめ論」

あるテレビでのワンシーンです。 「さっきから言ってるじゃない!どうして何度も何度も繰り返すの!ちゃんとしなさい!」 あまりに厳しく子を叱るそのお母さんに、「少し厳しすぎるんじゃないか?」とお父さんが声をかけました。 するとお母さんは、 「何言ってるの!子どもができないのは私たちのせいなの!私たちの責任なのよ!!」 我が子を前にすると、どうしても叱ってしまうお母さんの心がよく現れたシーンに感じました。 お母さんは、幼稚園のママさんたちから、 「しつけがなってないんじゃないの?」とか陰口を言われているのかもしれないし、お義母さんから、 「どんな教え方をしているの!?」と皮肉まじりに何かを言われているのかもしれません。 ただでさえまじめで、責任感のあるお母さんは「私がダメなのかしら」と自分を責めながら、「なんとかしなきゃ」と子を叱ってしまうのです。厳しすぎるよね…かわいそうだな…ごめんね…と感じながら。

【引用】あまりに子どものことが気になってしかたがない場合は、ちょっと突き放して、いったん、あきらめてみることも必要だと思います。 子どもがやんちゃで言うことを聞かないのは、必ずしもお母さんの育て方が悪いからとはいえませんし、ましてや母親失格という意味でもありません。やんちゃな子でも、案外優しいところもあるものです。 この子もダメ、母親もダメ、ではなくて、 この子もけっこういいとこある、私もけっこういい子育てしてる、 と思ってほしいのです。そしてそれはきっと事実です。 【出典】1万年堂出版『子育てハッピーアドバイス2』P78 著:明橋大二

過ぎたる責任感は、お母さん自身をダメにしてしまいます。 「叱りすぎてる…厳しすぎるよな…」 そう感じるなら、それは警告のサインかもしれません。 責任感のバランスを崩しているという警告のサイン。 少し子育て「あきらめて」みませんか?

■ 子育てあきらめ論、「あきらめる」の語源

「あっ!チョウチョだ!」 と叫び捕まえた蝶を笑顔で持ってきます。 「ねぇねぇ!チョウチョつかまえたよ!」 大事に握りしめられた手のひらを開いたとき、さっきまで元気だった蝶は動かなくなっていた。その子は泣いてしまいました。 「こうじゃないとダメ」「あぁしないといけない」 しつけは、それの連続です。 そのこだわりは、握りしめられたこぶし。手の中の蝶をつぶしてしまうかもしれません。 つぶれる蝶は子どものこと…だけではなく、あなたのことも含まれています。 あきらめてみませんか? こうじゃないといけない…そのこだわりを、少し手放し、突き放してみませんか? あきらめ、手放し、少し子育てを突き放すことで得られるものは二つです。 一つは、子のそのままを見る視野。 あまりに近すぎて見えなかったものが、少し突き放し距離をとれば見えることがある。 「この子もがんばってるじゃない」 そしてもう一つは、子のそのままを受け入れる余裕です。 握ったこぶしではなかなか難しいですが、焦りから解放された心、やわらかに開かれた手のひらなら、その子を抱きしめてあげることができますから。 「この子のままでいいんだな。大好きだよ。」 あきらめるというのは、子をほったらかしにしてしまうのではないのですね。 あきらめるの語源は「明らかに見る」。 子を受け入れ愛するためにも、子のそのままを見るためにも、何より、親であるあなたが自分を責めないために、子育てには、あきらめることが必要なのだと思います。 あなたの笑顔なくして、子の笑顔が育つわけがありません。 偉そうなことを、長々と書いてしまいました。 嫁にこの話をしたら、「何?『子育て、あきら、メロン』って?」と。 今度書きますね、子育て・あきら・メロン。…あきらって誰? 最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。