アイデアホイホイ〜3分のヒマつぶし

入れて出す、3分間・・・アイデアを、だよ?

あの人がゆるせない理由

■ デブを許せない本当の理由

私の友だちにこういう人がいました。 「太っているのはアカン」 中学のときの話ですので今はその子も違いますよ。 なんでや?と聞くと、 「不摂生、自己管理ができん証拠やん。」 私立、進学校…鼻持ちならないですねぇ。 これを聞いた私は、じゃあ勉強できん俺も自己管理不足でアカンのかな?…ま、えっか♪ でも、後に気づいたことなんですが、この子がポッチャりさんをゆるせない本当の理由があった。 彼自身、小学校のとき巨漢だったんです。

■ 自分の嫌いだった部分

自分がゆるせない他人の欠点(に見える部分)。 それは昔、自分が気をつけてなおしたものであることが多いようです。 「こんな自分、イヤ!」 友だちにバカにされたのか、誰かに迷惑をかけて恥ずかしく思ったのか、キッカケは判りませんが、「イヤだ、変わりたい」そう思ったのでしょう。 人は自分の中の受け入れられない部分に嫌悪感や劣等感を抱き、それを捨てるように脱皮することがあります。 この変化を成長と呼ぶときもあるでしょう。 そんな自分が嫌いだった、もう見たくないと過去に隠して忘れ去った部分をゆるせるのか? 子どもは正直です。 「さとし君やっちゃぁいけないんだよ!みんながガマンしてるんだから」 理屈じゃない部分が一番心の中心をしめている。 大人はそれを経験で見えなくしているんでしょう。 嫌いな部分といっしょに。 やっかいなことに昔、克服した欠点は忘れていることも。 そして、克服したことこそ相手をゆるせない理由なんて、思いもよりません。

■ 見方のクセ、色眼鏡

【引用】ものの見方や自分の信念には過去が投影されている 【出典】『ゆるすということ』 著:ジェラルド・G・ジャンポルスキー 訳:大内博

人は何かしらの色眼鏡で世界を見ています。偏見といえるかもしるないし、価値観、パラダイムということもあるでしょう。 大切なことは一つ。 自分は何かしらクセのある見方をしている、それを知ることです。 そのクセというのは過去が積み重なってできたもので誰にでもある。 それはしょうがない。 なくすなんて無理な話です。 ですが、 この人のここがゆるせん!と思うとき、 こいつのここがアカン!と判断するとき、少し立ち止まってみてほしいのです。 これはどんな色のついたメガネを通してなされたことなんだろう? 自分の過去の何が影響してるんだろう?

■ 人をゆるすには

たとえば自分勝手な人にイラっとしたとき、 あなたは「ワガママな子はダメ!」と信頼をよせる人から手酷い仕打ちを受けたのかもしれない。 自分のワガママを受け入れられないから、相手の自分勝手をゆるせないのかもしれません。 後はワガママを受け入れるだけ。

■ 欠点を受け入れるには

イラっとした性格、ムカっとさせられた行動があれば、 その奥にある動機をさぐるといいようです。 人の動機は二つしかない。愛か、怖れか。

【引用】『ゆるしをじゃまする最大の障害は、愛でなく怖れに基づく価値観』です。この障害を乗り越えるためには、すべての人は愛に満ちているか、恐怖におびえて愛を求めているかのどちらかだと考えるといいでしょう。 【出典】『ゆるすということ』 著:ジェラルド・G・ジャンポルスキー 訳:大内博

あなたの怒り、 それはもしかしたら心の奥で自分をないがしろにされる可能性に怖れているのかもしれない。 その失望は、期待を裏切られる怖れからくるものかもしれません。 また、そしてそのとき自分勝手になっていた人も、怖れから自分を守るために強さを出し傲慢になっていたのかもしれない。 少し立ち止まって、 私のこの気持ちは怖れからきているものだろうか? あの人は何か怖れているのかな? 怖れを受け入れたとき、もしかしたら人は何かをゆるせるのかもしれません。

■ 『あの人をゆるせない理由』まとめ

  • 自分がイヤだと思うからこそ、その欠点を捨て、変わりたいと人は思う
  • 相手が自分の受け入れられなかった欠点を持っているとき、それをゆるしがたい
  • 自分の眼鏡で欠点と思える部分、そこに抱いている心の怖れに気づいたとき、人はゆるせるかもしれない
  • 【出典】『ゆるすということ』 著:ジェラルド・G・ジャンポルスキー 訳:大内博

    長い文、ありがとうございました。