アイデアホイホイ〜3分のヒマつぶし

入れて出す、3分間・・・アイデアを、だよ?

未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~

向田邦子を読むシロキチ

向田邦子の『父の詫び状』を写していると、こうしてシロキチがよくのぞきにくる。 音読しながら、カッカッカッカッ、うつしているので気になるのか、 それとも読みにきているのか。 猫好きの向田邦子さんの名文だから、この仔にも判るのかもしれない。 たった今、本一冊全て写し終えた。 全部写せているのか信用ならないので確かめてみたが、 「父の詫び状」「身体髪膚」「お辞儀」…「卵とわたし」から「あとがき」まで、しっかり書き取ってあった。 少しほこらしい。 9月30日に私にとって「大変なこと」が起こって、本当にみなさんには迷惑をかけた。 ブログを休むやら、泣き言、弱音、お恥ずかしい。 あの日、大きなものを失ったので、 「もう失うものは何もない」私は動こうと決めた。 好き勝手動いた結果、 逆に自分がまだまだ失いたくないものに囲まれていることを知り、 大事なものが何かまったく見えてなかったことに気づいた。 大きなものを失うのも無理はない。 大変なことがないと気づかないなんて、これまたお恥ずかしい。 感謝すべきものがまだまだ見えていないのだとは思うのだけど… ついさっき、 映画『未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~』を独りで観てきた。 えぇえぇ独りでですが、何か? とても判りやすいシンプルな純愛映画で、とても満足である。 満足すぎて、主題歌のドリカムのCDも買ってきてしまったほどだ。 映画を観ながら冗談ではなく、 本当に自分はいなくなってしまうのかも と思った。 映画に出てきたお母さんの名言は、耳コピーであやふやなのだけど、 「本当に大切なことを言う機会は、人生でそうないのよ」。 この二週間で、映画のエンドロールみたいに色々な人に出会って、電話して、メールして、大切な全ての人に向かって記事を書いた。 何か大切なことをいっぺんにやってしまって、私の幕が閉じてしまいそうなのである。 プロポーズをした、なりたかった出版関係の就職活動もした、小説の処女作も初稿を書きあげた。 銀色劇場の鐘さんが 「実現しすぎで…」 とおっしゃっていたが、実現しすぎでおそろしい。 観たい映画を新旧関係なく何本も観た。 斎藤一人さんの大好きな本も七回目が読み終わった。 それこそ好きなエッセイ『父の詫び状』を写しきってしまった。 何か思い残すところがなくなっていて、こわいのである。 「植物は自分に必要なもんが、ちゃーんとわかっとんのやね」 これも、映画のお母さんの言葉だが、博多弁のはずが頭の中で関西弁に変換されていて申し訳がない。 三週間前よりは、大切なものに、自分に必要なものに、少しは気づけているのだろうか、と映画館を後にしたら、 「先生?」 塾で初めて卒業させた愛弟子?に遭った。 高2のこいつはデレデレで、チャリの2人乗りで彼女を送ってきた後だとすぐに判る。 私が何の映画を独りで観てきたか言ってやると、 「え…未来予想図?…独り?…ぷっ……」 殺してやりたくなり、思い残すことができてよかった。 何にしても、フリーターの私は今日でさようならなのである。 そんなに特別な日じゃなくても、10月14日の私は、今日でさようならなのだけど。 ありがとうございました。